仙台高等裁判所 昭和43年(ネ)166号 判決 1971年11月22日
控訴人
小野田セメント株式会社
右代表者
蘇清治
右代理人
橋本武人
外四名
被控訴人
浅野ミキ子
右代理人
東藤忠昭
外五名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の本件申請を却下する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに疎明関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴人)
第一、人員整理の必要性
一、本件人員整理後控訴会社再建の進歩は当初の予定よりも六ケ月以上早まつたのであるが、その主たる要因は、
(イ) 昭和四一年上期以降残存人員をもつて逐次生産高、販売高を向上させることができたこと
(ロ) セメントの価格が経済の好況、旺盛な内外の需要に支えられ、順調な伸びを示したこと
(ハ) 人員整理という非常手段を含む諸再建策に真剣に取り組んだ結果、株主、金融機関等も積極的な協力を惜しまなかつたこと
に求められる。そして控訴会社は右人員整理後の昭和四一年上期に一〇億円余の当期利益を計上しえたが、これは七億円余の固定資産、一億円に近い有価証券の売却により、また生産、販売のコストの切上げ、諸経費の削減に努めた結果によるものである。
二、右のように控訴会社の赤字解消、会社再建の時期が予定よりも早まつたことは、すべて人員削減を含む会社再建策の実施、企業内部の努力および予期していなかつた外部的事情の好転に基くものである。従つて被控訴人主張のように再建の時期が早まつたことから、直ちに本件人員整理の必要性がなかつたと断ずるのは正当ではない。
第二、退職勧告の法的性格
控訴会社の被控訴人に対する退職の勧告は、雇傭契約の解約の申込である。すなわち、元訴会社は本件人員整理の実施にあたり、まず希望退職者を募集する旨を各事業場に掲示し、かつ、同趣旨のパンフレットを全社員に配付したのであるが、これとは別に控訴会社大船渡工場においては、控訴会社において退職を希望する一二〇名の者(被控訴人もその一員である。)に対し個々に面接のうえ直接口頭をもつて退職して貰いたい旨勧告した。この後者の勧告は前者とは異なり、単なる公募(申込の誘引)ではなく、控訴会社において、相手方を特定し、かつ、相手方が退職の意思表示をした場合には直ちに合意解約を成立させる意思をもつてなしたものであるし、被控訴人においても本件退職の意思表示をした際右と同一の効果意思を有していたのであるから、右勧告はとりもなおさず解約の申込にほかならない。
第三、整理基準および退職勧告の適法性
一、控訴会社は、本件人員整理にあたり、当初希望退職募集基準の一として「有夫の女子など」という基準を設け(もつとも控訴会社は昭和四〇年一二月二日組合との間に右基準を白紙に返えす旨の協定が成立したので、右基準に基いて退職勧告をしたことはない。)、後に指名解雇基準として「有夫の女子および昭和四〇年一二月三一日現在で満三〇才以上の女子」という基準を設定した。しかし、本件において右募集ないし解雇基準が性別による差別待遇もしくは結婚している女子の差別待遇であつて、憲法一四条、労基法三条、四条の精神に反するものである旨の被控訴人の主張は、次に述べる理由にてらして正当でない。
(一) 右法案は、いずれも性別等による差別的取扱を禁じているのであるが、その趣旨は正当な理由のない差別を禁じようとするもので、その差別につき合理的な理由のある場合までをも違法とするものではない。前記基準の適否を論ずるには右基準が設定された理由を当該企業の事情に即して具体的に検討すべきであつて、抽象的一般論をなすべきではない。
(二) 控訴会社は本件希望退職の募集にあたり、第一に、全社員から応募を求めること、第二に、会社再建の見地からなるべく、(イ)業務運営に対する貢献度の少い人、(ロ)経済的に比較的退職しやすい事情にある人に応募してもらうことという観点から、その募集基準として、第一項に「退職を希望するひと」を掲げ、さらに第二項に「停年に近いひと」「健康その他の理由で業務遂行が充分でないひと」「事業期間又は事業場内で配置転換不能のひと」「自家営業その他生活の途を有するひと」という項目とともに「有夫の女子など」という項目を設けたのである。すなわち、第二項の各項目はいずれも希望退職に応ずることを期待しうるであろう対象者を明確にしようとする目的をもつて、前記(イ)(ロ)に合致する典型的な場合を表示したものに過ぎず、女子を女子なるが故に差別するという意図をもつて設定されたものではない。
(三) そもそも企業が経営不振を打開するため人員整理を行わざるを得ない立場に追い込まれた以上、平常時であれば非のない従業員の中から対象者を選ばざるを得ないのであるから、その選考基準の設定にあたり当該企業内の実情に応じ従業員間の相対的比較をなすのは、当然であり、かりに企業に貢献する度合が同等の場合でも、退職によつて受ける経済的打撃の比較的少い者に退職してもらうような基準を設定することは当然許容されるべきである。「有夫の女子」「三〇才以上の女子」なる基準はまさにそれに該当する。
(四) わが国では共に健康な夫婦の場合に妻が夫を扶養する例は稀であり、共稼ぎの場合でも夫が職を失う場合の方がその家庭に与える影響がより大であること、女子労働者は一般に三〇歳をこえると、育児の負担が増すなど家庭と職業の両立は困難となり、労働能率も低下すること、またその年代には夫の所得も増加し妻が職業に就く必要性が少くなることはいずれも公知の事実であり、これらの事実に徴すれば右のような基準は合理的根拠を有するものであつて、決して憲法や労働基準法の精神に反するものではない。
(五) しかして企業の再建のための人員整理は、真にやむを得ざる緊急行為であるから、その場合の人選については、恣意的動機からする著しい不合理のない限り使用者の責任において自由に決しうるものというべく、また人員整理の必要性が存する以上女子なるが故の差別的取扱を意図するものでない限り、企業貢献度が低い者(不必要な労働力)のうちからいかなる者に希望退職を勧告することも、いかなる者を指名解雇することも、右整理の目的を満たす範囲においては使用者に委ねられているもので、その運用が合目的的になされる限り、整理基準それ自体の適否は問題とならない。
(六) 本件においては企業再建のためのやむを得ない人員整理を行うべく、まず前記(イ)(ロ)による対象的を選び出すために、そして希望退職を円満に行う配慮から、その一応の目安として「有夫の女子など」という基準を設けたのであつて、女子を女子なるが故に差別する目的をもつて右基準を設定したのではない。このことは、被控訴人を含む女子従業員に対し一率に「有夫の女子など」という抽象的な基準で希望退職の勧告をしたわけではなく、前記(ニ)(イ)(ロ)の目的にてらして具体的に人選したことによつても明らかである。例えば、大船渡工場において「有夫の女子」「三〇歳以上の女子」なる基準に該当する者は二一名であつたが、退職すると生活に困ると思われる今藤チエ子、柏崎ハルミや看護婦国枝キヨ子、理髪業務に従事している北村イシ、食堂、寮の従業員など今後も必要な職種の女子従業員一二名には退職の勧告はしなかつたのである。
被控訴人の場合は、原判決が認定した如く、担当職務が生産課事務補助職にあつて必要欠くべからざる職種でないこと、家庭状況(司法書士の夫をもち、女中まで雇つて勤務していた。)等を考慮し退職しても比較的困らないと認められたからである。
(七) 以上の次第で、被控訴人に対する退職勧告は、その動機目的および運用の実際からみて何ら恣意的でなく、違法もしくは公序良俗に反すると評価すべきものではない。
二、次にかりに「有夫の女子」「三〇歳以上の女子」という基準が指名解雇基準として公序良俗に反するものであるとしても、本件の場合それが直ちに本件合意解約を無効ならしめるものではない。すなわち、法律行為が公序良俗違反として無効とされるためには、法律行為の中心的目的が反社会性を有し、もしくは法律上強制されることによつて反社会性を帯びる場合、また法律行為が金銭的利益と結びつきもしくは条件を附することによつて反社会性を帯びる場合、表示された動機が反社会性を帯びている場合のいずれかであることを要するところ、本件希望退職は雇傭契約の合意解約であつて、既述のような事情からその目的、内容自体何ら公序良俗に反しないのであるから右のいずれの場合にも該当しない。
そして本件においては、希望退職の勧告(一二月三日および同月七日大船渡工場においてなされた。)と指名解雇基準の発表(一二月一五日東京におい控訴会社から組合に対して提案されたに過ぎない。)とが時間、場所をへだてて異る当事者間でなされ、しかも後述のように被控訴人は本件退職の決意をするまで右指名解雇基準を知らなかつたのであり、また右指名解雇基準を適用して被控訴人を指名解雇したという事実もなかつたのである。
してみると指名解雇基準に内在する反社会性が本件合意解約に反社会性をもたらすことはありえなかつたものというべきである。
第四、指名解雇と合意解約との関係
一、被控訴人において本件退職の意思決定をするに至つた心理的原因が前記指名解雇基準による指名解雇を免れがたいと考えたことによるものであるとの被控訴人の主張を争う。
二、被控訴人が退職の決意をするに至つた心理的原因は単に意思表示の動機に過ぎないものであるところ、右動機は表示されていないのはもちろん、相手方たる控訴会社においてもこれを知るに由なきものであつたから、かりにその動機に反社会性があつたとしても、本件退職の意思表示の効力には何らの影響もない。
三、被控訴人は本件退職の決意をした当時指名解雇基準を知らなかつた。すなわち、本件退職の意思表示のなされた時点までに控訴会社大船渡工場および組合大船渡支部においては指名解雇基準を従業員や外部に発表したことは一度もなく、しかも希望退職の基準ですら組合との話合の結果白紙に返えされ、被控訴人もそのことを了知していたのであるから、被控訴人は退職の決意をしたという一二月一六日の時点において自己が指右解雇基準該当者であることの認識はなかつたというべきである。
むしろ被控訴人は一二月一五日朝(すなわち控訴会社が指名解雇を発表する以前)夫幸明との話合で、希望退職の場合と指名解雇の場合における退職条件の差を冷静に比較検討した結果希望退職の決意をするに至つたものである。
四、控訴会社は、被控訴人に対する二度にわたる退職勧告の際、これに応じなければ指名解雇になることをほのめかすような言動をしたことは一度もない。むしろ控訴会社としては労使間の白紙に戻す旨の協定に従いそのような誤解をもたれないように充分留意していたのである。
五、控訴会社が一二月一五日組合に知らせた三一名は指名解雇対象者として確定的な者であつた旨の被控訴人の主張を否認する。会社が組合に知らせた三一名の者というのは、会社側で退職を特に希望し三度目の退職勧告をしようと考えていた者であるところ、組合からその氏名を明らかにして欲しいとの申入があつたので、急にその場で適当に拾い出して読み上げたに過ぎないのであり(その際リストを作成して示したり渡したりしたことはない。)、会社が指名解雇の対象者として考えていた者ではない(なお、その後一二月一八日までに申出のあつた退職希望の者数名が含まれている。)。
また被控訴人が指名解雇基準に一応該当する者であつたとしても、指名解雇を実施する場合には、その人選は各人の具体的な事情を個々に検討したうえ希望退職者の人数等をも考慮して決定されるのであるから、右基準に該当しているということだけから指名解雇が確実に迫つていたと断定することは早計である。
六、されば、希望退職の勧告と指名解雇とは必然的に結びついているものではなく、この両者が被控訴人主張の如く、「確定的に迫つていた」とか「密接不可分」の関係にないことは明らかである。
第五、強迫行為の不存在
一、被控訴人が本件希望退職の決意をするまでに、会社関係者により強迫行為またはそれに類する言動がなされたことはない。まして会社が組合と一体となつて強迫したこともない。
二、かりに被控訴人が組合から「指名解雇者のリストにのつている」と告げられて希望退職に応ずる決意をしたとしても、組合側の説得は「率のいいうちにやめた方が良い」というおだやかなものであつたから、組合の右告知が第三者の強迫にあたるものとはいえない。そもそも控訴会社としては組合が虚構の事実を告知するとは夢想だにしなかつたことである。
(被控訴人)
第一、人員整理の不当性
八〇〇名にのぼる本件人員整理は、実施後における控訴会社の収益の実績からみると会社再建のため必要不可分のものでなかつたことが判明した。すなわち、控訴会社は、本件人員整理による赤字解消の時期を昭和四三年下期もしくは昭和四四年上期と策定して右整理を強行したにもかかわらず、昭和四二年下期において既に累積赤字を完全に解消しており、本件人員整理をしなかつたとしても昭和四三年上期には赤字解消をなしえたものと推認できるからである。従つて本件人員整理は会社の再建にとつて必要不可欠のものではなかつたし、かりに必要であつたとしても最小限度にとどめたものではなく不況を口実とする便乗首切にほかならない。
第二、退職申込の撤回
被控訴人は、本件退職の意思表示(合意解約の申込)を適法に撤回した。すなわち、
一、控訴会社がなした掲示、パンフレットの配付による希望退職者の募集も基準該当者に面接してなされた退職の勧告も、それが公募たる性質をもつことには変りはない。大船渡工場では従業員全員に退職具告を実施しているのであるから、もし退職勧告が申込であるとするならば、これに全員が応募した場合には全員につき合意解約が成立し、工場廃止を予定していない控訴会社としては工場の運営が不可能となろう。従つて希望退職の募集ないし退職の勧告をもつて申込の誘引とみるべきであり、被控訴人の退職額の提出は合意解約の申込と解すべきである。このことは、被控訴人が退職の意思表示をした書面に退職の「願い出」(乙第一号証)と記載されていることによつても明らかである。
二、被控訴人から右退職の意思表示がなされたけれども、いまだ会社の承諾がなく、従つて合意解約もまだ成立していなかつた昭和四〇年一二月二二日被控訴人は右意思表示を撤回した。
第三、募集基準および退職勧告の違法性
かりに被控訴人の本件退職の意思表示により合意解約が成立したとしても、希望退職募集基準は違憲、違法であり、それに基く退職勧告は違法であるからこれに対する承諾があつても右合意解約は無効である。すなわち、
一「有夫の女子など」(これは指名解雇基準とされた有夫の女子」「三〇歳以上の女子」と同義である。)という募集基準自体が結婚していることおよび女子であることを理由とする差別待遇であつて、憲法一四条、労基法三条四条の精神に反するものである。
控訴会社は、本件人員整理にあたり被控訴人を「有夫の女子」という基準該当者として、有夫の女子なる理由を表示して退職の勧告を行つたものであり、それは結婚していることおよび性別による差別取扱にほかならないのであるから、右退職勧告(合意解約の申込)は違法であり、これに対し被控訴人が退職の意思表示(承諾)をすることにより合意解約が成立したとしても、それは公序良俗に反するものであるから無効というべきである。
二、控訴人は、本件退職勧告前組合との間に右募集基準を白紙に返えす旨の協定が成立したと主張する。かりに右協定が成立したとしても、被控訴人自身そのことを知らなかつたばかりでなく、控訴会社は当初予定した整理人員八〇〇名の枠を確固不動のものとして変えることなく、依然として右募集基準に準拠して各項目ごとにリストを作成し、右該当者からまず勧告を始めており、人員整理の結果をみても退職者中右基準該当者がその大部分を占めたことなどからみると、控訴会社は実質上右基準をそのまま維持していたものというべきである。現に被控訴人に対する勧告の際「あなたには司法書士をしている立派な御主人もいらつしやいますし……」という表現が用いられているのである。
三、次に被控訴人は、「有夫の女子」「三〇歳以上の女子」という基準は、企業貢献度の低い者、比較的経済的に困らない事情にあるものの典型的態様を示したものに過ぎないと主張するが、右の基準に示された女子が当然に企業貢献度が低いとか経済的に困らない環境にあるというのは、いずれも偏見に基く独断であり、合理性がない。
四、使用者が一方的に整理基準を設定すると、右基準は就業規則のそれと同様客観的規範として使用者自身をも拘束する。従つて「有夫の女子など」という基準を設定しても、これとは無関係に企業貢献度の低い者であり限りいかなる者を整理の対象としようとも、人員整理の必要という目的を満足する範囲においてはすべて容認されるという被控訴人の主張は正当でない。
第四、指名解雇と合意解約との関係
違憲違法な指名解雇基準による、確定的に迫つた指名解雇と密接不可分の関係にたつ本件合意解約は、公序良俗に反して無効である。すなわち、
一、本件人員整理において控訴会社は、前記の基準に基き退職勧告を繰り返し最後まで整理人員八〇〇名の枠を外さなかつた。このことはやがて希望退職者が右人員に満たないときには、指名解雇という手段をも許さないことを言外に表明していたものといえる(だからこそ被控訴人に対する退職勧告の際佐々木勤労課長は指名解雇をほのめかしたのである。)。そして遂に一二月一五日指名解雇基準「有夫の女子など」を「有夫の女子および三〇歳以上の女子」と細目化したうえ、同月一八日まで予定人員に達しないときには指名解雇を実施する旨発表した。そして同時に組合に対し大船渡工場の不足人員三一名(このときまでに整理予定人員八四名のうち五三名の応募があつた。)の氏名を特定して知らせた。右のように確定した不足人員につきその氏名を特定していたということは、右三一名の者が一八日まで退職願を提出しなければ指名解雇されることが確定的であつたことを示すものである。
二、組合は控訴会社に対し「指名解雇により悪い条件でやめていくのはしのびない。もう一度対象者に考えるチャンスを与えたい」という意向のもとに、リストの呈示を求めたところ、控訴会社は組合の右意向を熟知し、被控訴人に指名解雇対象者であることの伝達がなされることを認識しながら三一名の氏名を知らせた。このことは、会社が組合を通じてまたは組合と一体となつて、右三一名の者に対し一八日まで退職願を提出しなければ指名解雇基準に基き解雇する旨を予告したものと評価できる。
三、被控訴人は、もとより退職の意思はなく再度の勧告にも応じなかつたのであるが、(イ)自己が「有夫の女子など」という基準に該当していることを知つており、(ロ)退職勧告の際指名解雇をほのめかされ、しかも(ハ)組合から指名解雇対象者とされていることを知らされたことにより(自己が指名解雇基準に該当していることの認識は不可欠のものではない。)もはや指名解雇は必至であり確定的であると判断し、本件退職の決意をするにいたつた。その段階で被控訴人には「退職しない自由」はなかつたのである。
四、かように違憲違法な解雇基準に基く指名解雇が客観的にも主観的にも確定的に迫つており、それが存在しなければ表示されることがありえないという相当因果関係あるいは密接不可分の関係にある退職の意思表示に基く合意解約は、公序良俗に反し無効といわなければならない。
第五、強迫
本件退職の意思表示は、控訴会社の強迫によつてなされたものである。労働者に対し解雇ほど畏怖の念を生じさせるものはない。被控訴会社は組合を介し被控訴人に対し、一二月一八日までに退職願を提出しないときには「有夫の女子」「三〇歳以上の女子」という解雇基準に基き解雇する旨を告知したのであるが、(イ)その際控訴会社は右告知によつて被控訴人を畏怖させ、もつて退職の意思表示をさせようと企図していたし、(ロ)被控訴人は、再三にわたる応募期限の延長、佐々木勤労課長の前記の如き言動、指名解雇に対する不安で心身ともに疲労していたところへ、組合を介して右告知を受け、目前に確定的に迫つた指名解雇をおそれて遂に本件退職の意思表示をするにいたつた。右は強迫による意思表示である
(疎明関係)<略>
理由
第一、控訴人が肩書地に本社を、岩手県大船渡市赤崎町字新浜二一の六に大船渡工場をおいてセメントの製造販売を業とする株式会社であること、被控訴人が昭和二〇年四月控訴会社に雇傭され、右大船渡工場において勤務していた(同工場生産課事務補助職に就いていた。)ところ、控訴会社が昭和四〇年一二月二五日被控訴人に対し同月一八日付の退職辞令を交付して以後被控訴人の就労を拒否していることは当事者間に争いがない。
第二、退職勧告の法的性質と退職申出撤回の効力
一、控訴会社が企業再建のための人員整理を実施するにあたり、昭和四〇年一二月三日および同月七日の二回にわたり被控訴人に対し大舶渡工場佐々木勤労課長によつて直接口頭で希望退職の勧告を行つたこと、被控訴人が同月一八日控訴会社に対し同日付をもつて退職する旨の退職願を提出したことは当事者間に争いがない。
二、控訴人は、右希望退職の勧告は前記雇傭契約の合意解約の申込であると主張する。
(一) 控訴会社において右希望退職の勧告を行うにいたつたいきさつ、被控訴人に対する勧告の内容、勧告の理由、被控訴人において退職の申出をするにいたつたいきさつおよび控訴会社における退職申出受理の手続については、次に付加訂正するほかは、原判決の認定判断と同一であるので原判決三〇枚目裏五行目から三七枚目表三行目までの記載を引用する。
(1) 原判決三〇枚目裏七行目の「第一七号証」の次に「第二一号証」と、同八行目の「第九号証」の次に「原審証人小川泰宏の証言によつて成立を認めうる第六号証の二、当審証人小川泰宏の証言によつて成立を認めうる第一七号証、当審証人森茂二郎(第一、二回)およびこれによつて成立を認めうる疎乙第二三、二四号証」を加える。
(2) 原判決三一枚目表四行目の「八四名」の次に「(管理職、臨時雇を含まない。以下同じ。)」を附加し、同表四行目と五行目との間に「右希望退職の募集基準として、「一、会社員のうち退職を希望するひと、二、次の各号に該当する方は原則として応募されるようお願いします。①停年に近いひと②有夫の女子など③健康その他の理由で業務遂行が充分でないひと④事業場間又は事業場内での配置転換不能のひと⑤自家営業その他生活の途を有するひと」という項目が発表され、右基準は各事業場に掲げられたほか、パンフレットとして全社員に配付された」を加える。
(3) 原判決三一枚目裏二行目の「一二〇余のリストを作成し」の次に「(容易に退職勧告に応じない者のあることを予想して八四名に限定せず、ある程度の幅をもたせて一二〇名のリストを作成した。)」を加える。
(4) 原判決三二枚目裏一行目の「組合に委せてあるので」を削除する。
(5) 原判決三三枚目表末行の「それは申請人が」の次に「募集基準の「有夫の女子など」に該当するという形式的な理由だけでなく、」を加える。
(6) 原判決三四枚目表四行目の「乙第一号証」の次に「前掲乙第六号証の二」を加え、同八行目の「申請人は、」の次に「夫幸明が病気がちで、しかも司法書士としての収入が少いため自分が控訴会社を退職すれば生活が非常に苦しくなるので辞めたくないという強い考えを抱き、従つて」を加える。
(二) 以上認定の事実によれば、控訴会社によつてなされた被控訴人に対する退職勧告は、パンフレットの配付、各事業場への掲示による抽象的な希望退職の募集とは異り、会社においてぜひ退職して欲しいと考えている者につき予じめ作成されたリストに基き、被控訴人個人に面接して直接具体的に退職を求めており、しかもこれに応じて退職の申出がなされれば重ねて諾否を検討する余地なく直ちにその日付で雇傭関係を終了させようとの意図をもつてなされたものとみるのを相当とするから、右退職勧告は解約の申込たる性質を有するものと解すべきである。
(三) 被控訴人は、右の点につき、控訴会社は大船渡工場の廃止を予定していなかつたこと、しかるに従業員全員に退職の勧告をしていることに徴すれば、被控訴人に対する退職勧告は申込の誘引に過ぎないと主張する。しかし前記認定の事実に<証拠略>をあわせ考えると、大船渡工場において全従業員に対し退職勧告をしたのは、人員整理に対する組合の反対も強く、また事の性質上容易に応募者が集らないことが予測されたため、少しでも多くの希望退職者を得て解雇という事態を避けたいという配慮に基くものに過ぎず、予定人員に達しさえすれば退職勧告を打ち切る意図をもつてなされていたこと(現実には前記のように応募者が少いため再三期限を延長した末、予定人員に達した一二月一八日をもつて打ち切られた。)が疎明されるから、全従業員が勧告の対象となつたことをもつて前記認定を左右することはできない。
(四) 被控訴人が控訴会社に提出した退職申出の書面(疎乙第一号証)には、「退職願」とかつ「退職することを願い出ます。」という表現が用いられているけれども、それが本件退職勧告の法的性質の判断に影響を及ぼさないものと考える。その理由は原判決のそれと同一であるから原判決三七枚目裏二行目から三八枚目表一行目までを引用する。そして右認定事実によれば被控訴人の本件退職の意思表示は承諾する性質を有するものと認められる。
三、してみると、被控訴人が昭和四〇年一二月一八日控訴会社に対し退職願を提出して受理されたことにより同日をもつて雇傭契約の合意解約が成立したものというべく、被控訴人主張のようにその後である一二月二二日にいたり被控訴人が控訴会社に対し右退職の申出を撤回する旨の意思表示をしたとしても撤回の効力は生じなかつたものというべきである。
第三、募集基準の適否と退職勧告の効力
被控訴人は、本件退職の意思表示により合意解約が成立したとしても、「有夫の女子など」という募集基準は違憲違法であるから、それに基く退職勧告は違法であり、従つてこれに対する承諾があつても右合意解約は無効であると主張する。
(一) しかし(イ)<証拠略>によれば控訴会社は右のような基準を設けたが組合の要望により一一月二二日頃「有夫の女子など」という基準を含む五個の基準(募集基準第二項)を省くことを受け容れており、組合においては個人の自由意思を尊重するなら会社の行動を妨げないとの了解に達し募集開始を一一月二六日としたことが認められ、また(ロ)原審証人森茂二郎の証言によると、控訴会社は人員整理の困難性を予想し、特に会社が退職を希望する者として第二項に「有夫の女子など」外数個の募集基準を掲げていたとはいえ、会社員のうち退職を希望する人があれば、整理予定人員に達するまで性別、配偶者の有無などの区別なく、いかなる理由に基くかを問わずその退職申出を受理するという態度で臨んでいたことが疎明される。してみると本件募集の趣旨は、基本的には、「有夫の女子」に限らず、ひろく「会社員のうち退職を希望するひと」を募ることにあつたわけである。しかして任意退職(希望退職)は、解雇のごとき一方的な形成権の行使とは異り、双方の自由な合意によつて成立するものであるから、右のような募集の趣旨、経過からみると、本件の場合「有夫の女子など」という募集基準は差別取扱の基準として機能する余地はなかつたものといわなければならない。
(二) 被控訴人は、本件人員整理にあたり、控訴会社は被控訴人を「有夫の女子」という基準該当者として「有夫の女子」なる理由を表示して退職勧告を行つたものであり、右は差別取扱にほかならないと主張する。<証拠略>によると、被控訴人は退職勧告の実施に先だち前記リストに掲記されていたことがうかがわれ、また佐々木勤労課長は被控訴人に対する退職勧告の際退職を求める理由として、被控訴人には司法書士をしている立派な夫があるのではないかという言辞を用いていることは前認定のとおりである。
しかしながら、前記第二において認定したところによると、(イ)控訴会社は、希望退職勧告の基本的態度として、会社再建に十分能力を発揮できるとは認められない人に退職して貰う、また退職しても経済的に打撃の少い人を選ぶという見地にたつていたこと、そして被控訴人については会社再建に不可欠な従業員ではなく、かつ、退職しても比較的経済的に困らない立場にあると判断していたことがうかがわれ、また(ロ)被控訴人に対する勧告の際における佐々木、須郷両課長の言辞をみても、被控訴人が既婚であることおよび女子であることそれ自体を理由とするものではなく、要は、夫が司法書士をしており、夫の兄が弁護士をしているのであるから退職しても他の従業員に比し経済的に困らないのではないかということがその実質的な理由となつているものと認められるのである。
(三) してみると、控訴会社が本件退職勧告にあたり被控訴人に対し「有夫の女子」なる理由を表示して勧告を行つたものとは認めがたく、他に前記のような理由に基く退職勧告(合意解約の申込)自体を違法無効とする事由はみあたらないから、これに対する承諾がなされれば承諾の意思表示に錯誤、強迫などの瑕疵が存しない限り、前記合意解約を無効とすべきではない。
第四、指名解雇と合意解約との関係
被控訴人は、「有夫の女子」「三〇歳以上の女子」という違憲違法な指名解雇基準に基く確定的に迫つた指名解雇と密接不可分の関係において成立した本件合意解約は公序良俗に反して無効であると主張するので、以下本件合意解約の効力について判断する。
(一) 解雇は使用者の一方的な解除の意思表示であり、合意解約(任意退職)は使用者と労働者双方の合意に基いて成立するものであるから、両者は雇傭契約の消滅事由としては別個の制度である。従つて、人員整理にあたり、退職願の提出により合意解約が成立した場合、その背後に違法な解雇の圧力が加わつていたとしても、合意解約の意思表示それ自体に強迫その他の瑕疵がない以上背後にある解雇に無効事由があつても、特段の事情のない限り、それが合意解約の効力に影響を及ぼすことはありえないものというべきである。
ここに特段の事情というのは、解雇と同視しうる、換言すれば解雇と同一に評価されてしかるべき合意解約の場合を指すのであり、使用者において合意解約という形式をとつて違法な解雇意思を実現しようとするような事情がこれに該当する。
すなわち(イ)使用者が特定の労働者に対する違法な解雇を回避する意図のもとに、右解雇の圧力を背景として当該労働者に対し退職願の提出を積極的に働きかけ、(ハ)その結果当該労働者が認識しえたであろう使用者の行動その他諸般の状況を基礎として考えた場合に、何人も解雇が確定的であると判断すべき理由があり、(ニ)そのため当該労働者において解雇は免れないものとの判断のもとにやむなく退職願を提出することにより合意解約が成立するに至つたような事情がこれに該当する。
(二) そこで本件につき前記各要件を具備するか否かにつき検討するに<証拠略>に前記第二、二、(一)に認定した事実を総合すると次のような事実が疎明される。
(1) 控訴会社は、延期された応募期限たる一二月一五日の朝になつても応募者の数が三九四名に過ぎず、予定人員八〇〇名には程遠い状況にあつたので、さらに任意退職の募集を継続するため、応募期限をさらに一二月一八日まで延長することを発表するとともに、同日にいたつても右予定人員に達しないときには指名解雇に切り替える旨を発表し(被控訴人は一二月一五日に右発表を知つた。)その指名解雇基準を組合に通告した(しかし、大船渡工場においては右基準は一般従業員には発表されなかつた。)。右基準によると、「有夫の女子」「昭和四〇年一二月三一日現在三〇歳以上の女子」という項目が設けられていた。なお、控訴会社が右の如く指名解雇の基準およびその実施を発表したのは、従業員に対する不意打ちを避けること(その実施前に右基準該当者の応募を促進するねらいがあつたことは否定できないが)を目的としていたものであつた。
(2) その頃大船渡工場においては、第三回目の退職勧告を行うべく予定していたところ、組合役員から、指名解雇になり、希望退職よりも悪い条件(希望退職の場合は、特別退職金として年令に応じ基準給の二ないし五ケ月分のほか、一人あたり金七万六、〇〇〇円が加算されることになつていた。)でやめて行く者が出るのは忍びがたい、誰が指名解雇予定者かを知りたい、そして右予定者に対し組合のほうからも退職勧告に応ずるよう考慮する機会を与えてやりたい旨の申入を受けたので、右勧告をとりやめることとし、森工場長および大槻次長は、組合役員を招き、同人らと話し合いながら、一二月一四日までの応募人員に、組合が預つていた退職願の数を考慮したうえ、会社が最も退職して欲しい者として前記リストに基き指名解雇基準該当者の中から社員三一名を選定したうえ、口頭でその氏名を組合役員に告知した。右三一名の中には被控訴人が含まれていた。
(3) 人事権者である森工場長としては、できるだけ解雇という事態を避け、円満に任意退職の形で予定人員を消化したいとは望んでいたが、一八日までに応募者が予定人員に達しないときはその不足分につき指名解雇を実施する、その場合には右三一名の中からさらに具体的事情を考慮して人選するとの考えをもつていた(すなわち、同工場長としてはこの段階において被控訴人の解雇を確定的なものとして予定していたわけではない。)。
(4) 当時希望退職願はほとんど組合を通じて会社に提出されており、組合役員は毎日の応募者数を把握しうる状況にあつた。
(5) 組合役員は、一二月一六日右三一名の者に対し順次退職の勤務をしたが、被控訴人に対しては、被控訴人が指名解雇基準に該当していること、延長された一八日までに応募者が予定人員に達しないときには指名解雇が実施される予定であることを告げ、指名解雇が実施される場合には組合として応募できる態勢にはない、退職金の率のよい希望退職の道を選んだらどうか、しかし最終的には自由意思で決めるようにとの趣旨を話して退職の勧誘をした。
(6) 被控訴人は、経済的な事情から退職を拒み続けてきたが、組合役員から退職の勧誘を受けた結果、指名解雇基準に該当している以上もはや指名解雇は免れえないものと考え、夫幸明、兄竹男とも相談したうえ、一二月一六日中に希望退職の決意をなし、延長後の希望退職の応募状況を調査することなく、最終期限たる一二月一八日本件退職願を組合を通じて控訴会社へ提出した。
(7) 大船渡工場における希望退職の応募状況をみると、一二月一五日に一二名、同一六日に一四名、同一七日に七名、同一八日に一〇名、合計四三名そのうち前記三一名以外の任意退職者が一二月一六日には少くとも二名、同一七日には少くとも四名、同一八日には五名、以上合計少くとも一一名を数えており、逆に右三一名のうち少くとも四名が退職願を提出しないまま解雇されることなく在職することとなつた。
(三) 以上の認定によると、(イ)本件人員整理の過程において、控訴会社としては、退職勧告、組合の勧誘等により、右三一名の者に限定することなく、一人でも多くの希望退職者が出ることを期待し、これによつてなるべく解雇という事態を避けたいという考えにたつていたことがうかがわれるけれども、被控訴人という特定労働者が有夫の女子であることを理由に同人に対する解雇を確定的に予定しながら解雇という手段を回避しつつこれを企業より排除する意図を有していたものとは認め難い。(ロ)一二月一五日控訴会社が発表した事項は希望退職応募期限をさらに三日間延長して希望退職の募集を続ける、最終期限までに退職を希望する社員が予定数に達すれば指名解雇は実施しない、予定数に達しなければその不足だけ前記三一名の中からさらに人選して指名解雇を実施するという趣旨のものであるから、右によれば被控訴人が解雇されるかどうかはこれから最終期限までの応募状況いかんにより、さらに具体的に人選したうえで決せられるべきことであつたとみなければならず、これにその後の具体的な応募状況をあわせ考えるとき、一二月一八日本件退職願提出の時点においては、被控訴人が指名解雇基準に該当し、前記三一名の中に含まれていたことを考慮に入れても、なお被控訴人の解雇が確定的であつたと判断すべき相当な理由があつたものとはにわかに断じがたい。
(四) もつとも、被控訴人は、大船渡工場佐々木動労課長が被控訴人に対する前記退職勧告の際指名解雇をほのめかした旨主張し、<証拠略>には右主張にそう部分が存在する。しかしながら、<証拠略>によると、控訴会社と組合との間に、一二月二日頃、控訴会社が個人の自由意思を尊重するならば組合は退職勧告を妨げないが、個人の自由意思を阻害圧迫する行為があれば組合はこれに抗議する旨の了解が成立したこと(このことは被控訴人も知つていた。)、そして勧告が実施されるや組合は控訴会社の勧告方法が右了解事項に牴触しないかどうかを被勧告の報告によつて監視していたこと、従つて勧告担当者は勧告にあたつては言動に注意していたこと、控訴会社は一二月三日および一二月七日の段階において未だ指名解雇を実施する旨の決定をしておらず、従つて大船渡工場に対し指名解雇に関する指令は全くなされておらず、右段階においては同工場の工場の幹部は希望退職勧告のみによつて予定人員に達するよう努力していたこと、他方被控訴人は一二月三日および一二月七日同課長から勧告を受けたのち組合事務所に立ち寄つてその状況を報告したのであるが、うわさ、組合情報により指名解雇問題に敏感であつたはずの被控訴人から同課長が解雇をほのめかすような不当な言辞を用いた旨の報告は何らなされておらず、また組合から控訴会社に対し右趣旨の抗議は全くなされていないことが疎明される。してみると同課長から被控訴人に対し右言辞が発せられたとは認めがたく、被控訴人の主張にそう原審証人浅野幸明の右証言ならびに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果はにわかに措信できない。
(五) 右によれば、本件合意解約の成立にあたり、控訴会社において被控訴人に対する違法な解雇を回避する意図を有していたものとはいえないのみならず、未だ被控訴人に対する確定的であると判断しうる状況にあつたとも認められないから、結局被控訴人の前記主張は失当として排斥すべきである。
第五、強迫
最後に被控訴人は、本件退職の意思表示が強迫によつてなされた旨主張する。しかし前記第二ないし四に認定したところによると、控訴会社によつてなされた勧告、指名解雇の発表、組合に対する三一名の氏名の告知、組合の退職勧誘のいずれの段階においても、控訴会社もしくは組合が被控訴人を畏怖させてまで退職の意思表示をさせようとする意図を有しいたものとは認められず、また右事実によると控訴会社もしくは組合の右のような行為がその内容および方法において違法な強迫行為にあたると評価することもできない。従つて右主張もまた排斥を免れない。
第六、むすび
以上の説示によれば、昭和四〇年一二月一八日被控訴人と控訴会社との間に成立した本件合意解約は有効であつて、被控訴人は同日の経過により雇傭契約上の地位を失つたものというべく、被控訴人の本件申請は被保全権利を欠くことになるから、失当として却下すべきものである。
よつて、右と趣旨を異にする原判決を取り消して本件申請を却下し、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(松本晃平 伊藤和男 佐々木泉)